昨夜、NHKプレミアム(BS3)で、22時から、ドラマ「オモニ 姜尚中と母親の戦後」が放映された。[オモニ]は韓国語で「母」。東大大学院教授・姜尚中(日本名・永野鉄男)氏の人生を題材としたドラマは、以前にもNHKで数年前放映され、氏のファンが多い。在日二世として熊本の名門高校・濟々黌から早稲田に進学、ドイツ留学、東大大学院教授の今日に至るが、父母の時代に日本に渡来、戦後の密造酒作りと税務署の摘発との戦いの生活を経て、屑鉄屋経営に転業、その母親の生涯と姜氏を描いたドラマ。母親・日本名・永野春子さんの残された写真を拝見すると、整った容貌で知性も感じられる美しい人だが、不運にも境遇のせいで無学歴で文盲、ハングルも日本字も読めないが、子供を愛し、ひたすら働いて死んでいった方、見ていてもらい泣きしそうになる。死後に残された録音機に「鉄男、私は幸せだった。」の言葉が残されてあったのが救いです。
密造酒について少し触れます。敗戦後は酒が手に入らなくて、闇市には密造酒を飲ませる店があった。僕はその頃新聞社に勤めていたが、酒好きの友人に飲み屋情報に詳しいのがいて、飲みにゆきました。決して美味い酒ではないけど、我慢してのんでいた。朝鮮半島出身の人々の間で作られているとのことでした。敗戦国の日本ではは、解放された半島出身の人々には、一般日本人や警察や税務署も敬遠する傾向があったように思う。戦前の差別の報復を恐れる人もいたでしょう。
敗戦後、一般家庭は食糧に飢えていたけど、農村では自家用のどぶろくを密造していた人もいた。友人の父が警察を退職した人だったが、その人が密造したどぶろくを御馳走になったことがある。入念に作られたと見えて美味でした。どぶろくの密造は戦前から東北の農村では盛んだったようで、中学時代の友人の父が岩手県八戸方面の税務署勤務で、八戸近郊の農村の密造酒摘発の話を友人から聞いたことがある。
戦前の日本の差別はひどかったものです。一転、民主化日本はまだ差別は残っているが、可なり良くなったものだ。姜氏のような境遇でも、努力と才能によって、国籍が外国(韓国籍)でも最高学府の東大大学院教授になれる。資源に乏しい我が国では、特に努力して才能を伸ばさなければならない。これによって我が国は発展してゆく。若い人は、自分の人生を大切にして、自分を育て上げてゆく。才能を伸ばすということは、学問だけではない。自分の得手とする才能を、社会が必要とする方向に伸ばし行くこと。若いうちにぐれて、犯罪者のレッテルを押され、社会からはみ出すなど、自分の人生を無駄にするなどもったいないことです。姜氏のドラマを拝見して思うことです。
ライオン株式会社のスリム効果のあるというラクトフェリンを飲みはじめたのは2月16日、一日3錠。当時体重は84.5kg。以来二か月、本日の体重82.4kg。腹部皮下脂肪多少減った感じがある。腹中央部約3.5cm。腹側部約1.7cm、腹側部から皮下脂肪が減ってきたことは、見ればわかる。両腹側部が無様に減ってきた。内臓脂肪も可なりあるだろうが、皮下脂肪のほうが多い。多少の効果はあるので、続けてみたい。
私のホームページに、私の前立腺がん治療記録が10年にわたって記載され、現在も続けられてます。事実を淡々と記録しているだけですが、同病を最近発病された方には、かなり頼りにされているようで、ありがたいことです。時折、患者周辺の方から切実なお便りをいただくことがあり、本日も頂きました。多少なりとも社会的意義のある記事かと思い、今後とも継続いたします。
この病気は、早期発見すれば、私の経験では何にも心配いりません。中高年者がかかりやすい病気ですから、中高年になったら時折、前立腺がんの血液検査を受けることです。
最近いただいたメールのあらましです。
「私の父親(79歳)が前立腺癌 N1(リンパ節転移)と診断されました。父親の場合、suga様と同じホルモン療法での治療となっておりますが、ただ発見が遅かったので転移がある事から五年持つかどうか、わかりません。
色々な資料を検索しているうちにsuga様の前立腺癌治療体験を拝見させていただき、大変参考になり感謝の気持ちで一杯です。また父親の癌宣告と言う出来事に対し、どう立ち向かうかに対し勇気を頂きました。
癌告知から10年、長い体験記を記録されていて、本当に凄いと感銘を受けております。 」
次のコメントを頂きました。
●コメント
私も癌でしたが切除出来て17年経ちました。出来た場所が異なりますし、結果としてのお話しで苦しみは違うと存じます。癌と分かった時 尊厳死協会に入会しひそかに覚悟を決めていました。只 協会誌には、「死に際して心を決める時間があるのが癌であり、身の回りの整理をしようと思えば出来る時間がある病である」。しかし これは本人が気付かねば周りが幾らそう思っても酷なことです。命ながらえてから 自分で気付くことで、周りの者の言うことではないと思います。
お苦しみをお察し致します。
Kenroku
●お答え
上記のコメントを頂いて、私はまごつきました。実は発病以来、ガンで死ぬという恐怖を感じたことがなかったからです。それで頂いたコメントが意外だったのです。
考え直してみると、ガンを発病すると、死を連想し恐れを感じるということは、極めて自然なことです。それなら私は、そのような恐れを感じないのでしょうか。
たぶん発病したのが2002年9月、80歳の終わりだったからでしょう。いつ死んでもおかしくない歳、長年やりたかったこと、平安時代の女流歌人「太皇太后宮小侍従」の伝記も、十年がかりで完成した。この人の伝記の研究者は他に何方がおられるのか寡聞にして知らない。人間はいずれ死ぬ。私はこの病気で人生を終えるのかな、と思っただけ。若いうちだったら、多少悩みもしただろうに。私たちの青少年期は、戦時中で、8年間軍にいましたから、いつも死ということを考えていたせいもあるのでしょう。
いまTVで奈良・中宮寺・菩薩半跏像を放映している。
僕は70歳代だったと思うが、商社を定年退職した友人の岡さんと、先ず国宝第一号の京都・太秦(うずまさ)の広隆寺の弥勒菩薩半跏像を拝見、翌日中宮寺の国宝の菩薩半跏像(伝如意輪観音)を拝見した。時間はかけたが、一切他のものは拝見せず、目指す仏様だけを拝見し、その印象を心に帰宅しました。
Wikipediaによると、太秦・広隆寺の弥勒菩薩半跏像について次のように述べられている。
{本像についてしばしば「国宝第1号」として紹介されるが、本像と同じく1951年6月9日付けで国宝に指定された物件は他にも多数ある。本像の「国宝第1号」とは、国宝指定時の指定書及び台帳の番号が「彫刻第1号」であるということである。}
私は中宮寺の菩薩半跏像に特に感銘を受けました。広隆寺の弥勒菩薩半跏像は彫刻ですが、中宮寺の菩薩半跏像は心が宿っているような不思議な感銘をうけます。これはぜひ実物に直接参拝すべきです。TV映像や写真ではこの感動は得られません。私は広隆寺と中宮寺の二つの御像を写真に収めましたが、中宮寺の仏様は写真ではとても実物を拝見したときの感動は得られません。人によって異なった印象を受けられるでしょう。
二日がかりで、両方のお像にお参りするという贅沢な時間をお過ごしになりませんか?
僕はソロソロ呆けてもいい年寄で、音痴で音楽のことは語る資格がない。しかし今朝BS3で、イリーナ・メジューエワのピアノ演奏を鑑賞して、ちょっと書いてみたくなった。
彼女はロシア人で東京に住み、日本語がとても上手、歌舞伎・寄席通いが好き、日本文化をかなり理解している。1975年生れ。1992年、E.フリプセ国際コンクール優勝。
彼女の音盤はコロンビアから20枚近く出されているようだが、現在は富山県魚津の若林工房が出している。若林工房は夫婦でやっているらしい。旦那が経営責任者で奥さんが唯一の社員とか。これも気にいった。良いフアンを持ったものだ。
クラシックCDを制作発売している若林工房のカタログ(ホームページ)はURL=http://www.waka-kb.com/cd/all
録音場所に新川文化ホールというのが登場する。これは魚津市の文化施設らしい。これも気に入った。
昔友人に魚津市出身の盛本というお医者さんがいた。もう亡くなったが、昭和23年ころ、僕が新聞記者時代、下宿していた下宿屋さんに金沢大学医学部の学生であった盛本君と第四高等学校の学生で父が満州中央銀行総裁であった人が世話になっていた。
数年のち、この盛本君が大阪で学会があり、来阪したとき、歌舞伎座の近くで一杯やってから歌舞伎の立ち見(一幕席)にいった。時間はあったが、案内する僕の懐具合もあったので立ち見と相成った。昭和30年くらいだったと思う。出し物は「新薄雪物語」、役者は関西歌舞伎の錚々たるところ総出演。立ち見席は目の肥えた人が多いと聞く。その立見席のおじさんも絶賛していた。あまり面白いので、もう一幕、もう一幕と結局通しで見てしまった。こういう古い友人の出身地だから、魚津といえば、特別の感慨がある。
なんだ。音楽がわからないけど、魚津という街や主人公と後援者の人柄や音楽に向き合う姿勢が気にいったというのかよ、といわれそう。いいじゃないですか、規格外、規格はずれのフアンでも。NHKもイリーナの人柄を紹介してくれないかなー。彼女の写真をネットで拝借、CDケースとかポスターなどの宣伝用の写真らしい。どことなく東洋風。
●湧湧堂のホームページ末尾に次の記載があります。
このホームページ内のコメントは、営利・非営利の目的の有無に関わらず、複写・複製・転載・改変・引用等、一切の二次使用を固く禁じます。万一、ここに掲載している文章と極めて類似するものをお見かけになりましたら、メールでお知らせ頂ければ幸いです。
●ネット上のCD紹介文より。音楽評論家・真嶋雄大氏の評も。
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ショパン:ノクターン集 (21曲) WAKA-4143-44
イリーナ・メジューエワ(piano)
★★2010年度 第48回 レコードアカデミー賞 器楽曲部門賞を受賞!★★
ショパン生誕200年、メモリアル・イヤー企画、第3弾!
確固たる造型と芳醇な情熱 ―― この世のものならぬ絶美のショパン
・・・イリーナの演奏は、脇目も振らずにショパンの核心へと迫る。ショパンの内省の淵を除き、心の奥底に秘められた心象風景の扉を開け放つ。そこに湛えられているのは確固たる造形と計り知れないダイナミズムであり、それがみずみずしく芳醇な情熱と融合し、類稀な感性を纏いながらこの世のものならぬ絶美へと向うのである。 (真嶋雄大/ライナーノートより)
録音: 2009年7月、9月、10月
新川文化ホール(富山県魚津市)
発売元:若林工房
BLOGにコメントが付く場合は処理の仕方はわかっておりますが、ツイターがつく場合があります。この場合はどうすればいいのでしょう。折角書き込みしていただいても、対応できないのでは、申し訳ない気がします。よろしく。
たとえば私の場合次のようにツイターがついてます。
2012/02/08 日記・コラム・つぶやき | 固定リンク|コメント (0)
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確定申告の季節になりました。今年も昨年に引き続き、e-Taxで電子申告しました。
2008年、今まで確定申告をやってくれていた亡妻が80歳になったので、86歳の私が、e-Tax(国税電子申告納税システム)URL=http://www.e-tax.nta.go.jp/を使って申告書を作りました。
e-Tax申告するには、これで申告書を作り、印刷して提出するのと、申告書を電子申告する二つのやり方があります。前者が簡単ですが、後者は「住民基本台帳カード」を取得し、これを読み込める「公的個人認証サービス対応ICカードリーダライタ」を購入する必要がある。これは居住地の電気器具量販店にあるが、居住地によってリ-
ダライタの型が違うので、家が神奈川県にあるのに、勤務地の銀座の電気店で買うと、神奈川の居住地では使えない東京用のものを買う可能性がある。事前によくお調べになることです。
「ICカードリーダライタ」には二種あり、「接触型ICカードリーダライタ」と「非接触型ICカードリダライタ」があります。下記を参照してください。URL=http://www.jpki-rw.jp/list/index.html 私は2008年から2010年まで、e-Taxで申告書を印刷申告しましたが、2011年から電子申告しております。2012年の今年も電子申告しました。今年90歳ですから、いずれボケて難しくなるでしょう。
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